2023年度共同研究プロジェクト 柴田亮
採択課題名
中世宝篋印塔に彫成された近江式文様の伝播過程解明を目的とした学際的研究
メンバー一覧(氏名、所属)
柴田 亮 | 岡山大学・文明動態学研究所 |
佐藤 亜聖 | 滋賀県立大学 人間文化学部 地域文化学科 |
海邉 博史 | 堺市博物館 学芸課 |
若杉 勇輝 | 公益財団法人 元興寺文化財研究所 |
研究の概要
中世に製作された石塔は、五輪塔や宝篋印塔、宝塔、層塔など多岐に及ぶ。これらの石塔は12世紀末~13世紀にかけて出現し、14世紀以降に全国的に増加した。石塔は地域色が非常に強く、特徴的な塔形や文様が全国各地で出現した。この特徴的な文様のひとつに、近江式文様がある。近江式文様は、主に宝篋印塔に彫成された開敷蓮華文を指し、近江国を中心に分布する。この近江式文様は、近江国だけでなく瀬戸内地域にも散発的に分布することが知られている。岡山県内では美作国南部に集中するが、それ以外では確認されていない。これは美作国の特徴であり、近江式文様を持つ宝篋印塔の分析によって、美作国の中世社会像の一端を復元しうると考えられる。
本研究は近江式文様の美作国への伝播過程を、考古学と理化学の方法を用いた学際的研究によって明らかにすることで、美作国と近江国との関係性や美作国内の中世社会像を解明する目的で実施するものである。
研究実施状況
本年度は、全体会議をオンラインで実施し、研究の方針や研究方法、調査日程を協議した。9月・12月・3月に近江石塔を対象とした巡検、1月に岡山県内の石塔の巡検を実施した。巡検では、近江式文様を有する宝篋印塔を中心に、他種の石塔も巡検することで、近江国と美作国の石造物文化の概要を把握した。また、帯磁率・XRF分析を併せて実施した。
研究成果
美作国と近江国の近江式文様を有する宝篋印塔のなかでも、分布が拡大する時期である14世紀初頭から前半にかけての塔を中心に分析を実施した。
美作国と近江国の宝篋印塔には、各部材の塔形あるいは部材の比率に類似点が認められた。ただし、塔形や構成部材の比率が完全に一致するのではなく、一部の部材には美作国と近江国における固有の特徴を看取した。
近江国内における開敷蓮華文は①幅広と②幅狭の2種類に大別可能であり、このいずれにも陽刻が強いものと、陽刻が弱く線刻に近いものの2種類が存在する。これらの近江式文様は14世紀第1~2四半期には出現しており、花弁の枚数や表現が画一的ではないことから、時期差ではなく石工集団の差あるいは地域差を示すことが予測される。美作国内における開敷蓮華文も、近江国内と同様のタイプが確認され、その出現時期は14世紀第2四半期以降である。美作国の近江式文様は近江国と比べて表現の不鮮明さが目立つことから、近江国内の石工集団が宝篋印塔を製作したのではなく、美作国一帯の石工集団への技術指導レベルでの関与が想定された。
次に、理化学的分析結果からは、美作国および近江国の中世石塔における帯磁率の系統的なデータを得られた。得られた帯磁率から花崗岩と石灰岩の差異が明確に認められた。宝篋印塔には構成部材の一部に後補されたものがあり、このような後補の判別において帯磁率のデータは有効だと考えられる。また、調査対象の石塔は屋外に設置されているため、風化や地衣類により石塔表面の鉱物組織を確認できないものが多くみられた。このような資料では蛍光X線分析などの岩石に対する主要な非破壊分析が困難となるが、帯磁率測定では影響を受けずにデータを得られた。これは屋外に設置されている石造物に対する分析手法として大きな利点と考えられる。