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2024年度 文明動態学研究所 共同研究プロジェクト 植村玄輝

採択課題名

共同体とは何か、何であるべきか——フッサールの社会哲学に関する研究

メンバー一覧(氏名、所属)

植村 玄輝岡山大学・社会文化科学学域
竹島 あゆみ岡山大学・社会文化科学学域
鈴木 崇志立命館大学・文学部
八重樫 徹宮崎公立大学・人文学部
吉川 孝甲南大学・文学部
Christopher Keaveney立教大学・文学部

研究の概要

本研究の目的は、現象学の創始者のひとりであるエトムント・フッサールによる社会哲学の構想を再構成し、評価することにある。この目的のために、本研究では、フッサールが1923年から1924年にかけて日本の総合誌『改造』に発表した連続論文、通称「『改造』論文」に着目する。フッサールは同論文で、個人とある種の共同体のあいだに類比が成り立つという見通しのもとで、独自の社会哲学の構想を素描している。この構想によれば、個人が自分の生を理想にもとづいて導くことができるのと同様に、共同体もまたそれ独自の生を持ち、それを理想にもとづいて導くことができる。個人と共同体のこうした類比は(どれくらい)もっともなのか、共同体の生を導くとされる理想とはどのようなものか、そもそも個人の生を理想によって導くとはどういうことなのか—これらの問題に対するフッサールの洞察を救い出すことができれば、本研究は成功裡に終わることになる。

研究実施状況

2024年度は主として、フッサールの「『改造』論文」の翻訳及び注解に取り組んだ。具体的には、オンラインで定期的に研究会を開催し、研究代表者・分担者らが協力して作業を進めた。また、2024年9月6日には、甲南大学岡本キャンパスにおいて、『改造』論文に関する論集の英語原稿を検討する対面研究会を行った。さらに、フッサールが社会哲学を論じた講義『自然と精神』『哲学入門』のタイプスクリプトを名古屋大学文学部図書館および日本大学文理学部図書館で調査した。

研究成果

今年度の研究の大部分は、「『改造』論文」の翻訳と注解作業に費やされた。特にフッサールが他の著作や草稿では詳しく議論を展開しているが、「『改造』論文」では簡略的にしか述べていない箇所があり、これらに対して適切な訳注を作成する作業に多くの時間を要した。しかし、この精緻な作業を通じて、フッサールの社会哲学の構想が持つ奥行きを明確に捉えることができた。本研究の成果は、エトムント・フッサール『『改造』論文集成——革新の現象学と倫理学』(植村玄輝・鈴木崇・八重樫徹・吉川孝訳)として、2025年5月に講談社学術文庫より刊行される予定である。本書の刊行によって、これまで専門家以外にはほとんど知られていなかったフッサールの倫理学や社会哲学が広く紹介され、日本における議論の活性化が期待される。また、このテクストは第一世界大戦末期からワイマール共和国初期にかけて、一哲学者がドイツおよびヨーロッパの状況をどのように捉えていたかを示す歴史的資料としても重要であり、その観点からも大きな意義を持っている。さらに、本年度は中国復旦大学でフッサールの社会哲学と関連の深い初期現象学に関する連続講演を行い、国際的な議論の場にも貢献した。また、『自然と精神』『哲学入門』のタイプスクリプトを調査し、これらが戦前日本に存在したことを確認した。しかし、これまでの調査に基づくかぎり、これらのタイプスクリプトが戦前の日本におけるフッサール受容に与えた影響は限定的である。この点に関しては、今後さらなる研究を進める必要がある。