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2024年度 文明動態学研究所 共同研究プロジェクト 柴田亮

採択課題名

中世宝篋印塔に彫成された近江式文様の伝播過程解明を目的とした学際的研究

メンバー一覧(氏名、所属)

柴田 亮岡山大学・文明動態学研究所
佐藤 亜聖滋賀県立大学 人間文化学部
海邉 博史堺市博物館 学芸課
森山 由香里芦屋市企画部国際文化推進室 国際文化推進課
舘鼻 誠日本体育大学
先山 徹兵庫県立大学 大学院地域資源マネジメント研究科
若杉 勇輝公益財団法人 元興寺文化財研究所

研究の概要

本研究は、考古学・理化学的手法によって、近江式文様の伝播の過程とその社会的背景を明らかにすることを目的とする。

中世に製作された石塔は、五輪塔や宝篋印塔、宝塔、層塔など多岐に及ぶ。これらの石塔は12世紀末~13世紀にかけて出現し、14世紀以降に全国的に増加した。石塔は地域色が非常に強く、特徴的な塔形や文様が全国各地で出現しており、この文様のひとつに、主に宝篋印塔に陽刻された開敷蓮華文(近江式文様)がある。近江式文様は近江国を中心に分布し、美作国や播磨国、摂津国、丹波国の一部に確認されることから、近江国からの伝播が想定される。

申請者の過年度の研究では、近江国と美作国を中心に分析した。今年度は、近江国と美作国の間に位置する播磨国の宝篋印塔の分析を中心に実施するとともに、近江国の分析も継続し、これまでの研究成果との比較検討によって、本研究の目的を達成する。

研究実施状況

本年度は、全体会議をオンラインで実施し、昨年の成果についてのディスカッションおよび調査日程等を協議した。1月に播磨国の石塔を対象とした巡検、3月に神戸市内の石塔を対象としたSfM作成および岡山県内の石塔の巡検を実施した。巡検では、近江式文様を有する宝篋印塔を中心に、他種の石塔も巡検することで、播磨国の石造物文化の概要を把握するとともに、岡山県内の石塔等の共通点と相違点を確認した。また、理化学的分析を併せて実施した。

研究成果

播磨国の14世紀代の宝篋印塔を中心に約20か所、岡山県域で5か所巡検した。成果の一部は学術雑誌に投稿済みである(柴田2025「美作・備前・備中三国における中世宝篋印塔の地域的特徴」『文明動態学』vol.4 )。

調査の結果、播磨国の宝篋印塔は、基礎の高さや塔身の比率、反花の表現方法に類似性が認められるものの、個々の石塔間で明確な系譜関係を特定することは困難であった。また、美作・備前・備中国の宝篋印塔と比較すると、両地域の間に直接的な系譜関係は認められない。近江式文様は14世紀前半に美作・備前・備中および播磨国で確認されるが、前者は14世紀前半から多くの事例が確認されるのに対し、後者は14世紀後半以降に増加する傾向があった。このことから、近江→播磨→美作・備前・備中という単純な伝播ルートではなく、地域ごとに異なる石工の活動を考慮する必要がある。

また、理化学分析の結果、調査対象の石塔の石材は以下の5種類に分類された。

A:典型的な御影花崗岩

B:六甲山地北西部の岩石

C:黒みを帯びた石英閃緑岩または花崗閃緑岩

D:瀬戸内海産の可能性がある岩石

E:志方地域産

14世紀の花崗岩製大型石造物は、石工の出作(特定地域からの派遣)が基本であった可能性が高く、願主と宗教者の関係性によって石工が選定されたと考えられる。播磨国において、上記5種の石材を用いた石塔間に、形態的な共通性が見られるものがある。これは、共通の石工集団の関与を示唆しており、大規模な御影花崗岩を用いる石工集団の中に、地元石材を活用する小規模な石工集団が分派的に存在していた可能性を示している。これらの石工集団は、願主との関係に応じて活動していたと考えられ、それが地域ごとの石造物の特色の形成につながったと考えられる。地元石材を用いた伝統的な石工集団が確立している地域では外部の石工の介入が少なく、地元の石工が造立を担ったことも想定できる。