2021年度共同研究プロジェクト 植村玄輝
採択課題名
文献に書かれていないことについて何がいえるのか——哲学史における影響関係の推定に関する事例研究
メンバー一覧(氏名、所属)
植村玄輝 | 岡山大学・社会文化科学学域 |
仲田公輔 | 岡山大学・社会文化科学学域 |
井頭昌彦 | 一橋大学・社会学部 |
稲葉肇 | 明治大学・政治経済学部 |
研究の概要
歴史に関する研究である以上、哲学史研究もまた過去の因果関係に関する判断を下すことがある。こうした判断のうち、哲学史研究にとりわけ特徴的なのは、ある過去の哲学者の主張や立場が別の哲学者の主張や立場に(どのような)影響関係を与えたのかを推定する場面で行われる判断だろう。当該哲学者の(一次)文献をもっとも主要な証拠として行われるこうした判断は、データの不足、文献そのものの解釈の難しさ、「影響関係」という概念の不明確さといった事情により、自然科学や社会科学の領域で現在広く行われている統計的な因果推論とは異なるかたちをとらざるをえない。こうした事情を踏まえて、本プロジェクトでは、哲学史研究における影響関係の推定がどのように行われているのか、そこでどのような前提が(暗黙的に)働いているのかを、歴史学者とも協同しつつ個別の事例からボトムアップ方式で明確にすることを目指す。
研究実施状況
研究プロジェクトメンバーに加えて発表者とコメンテーターを迎え、近世哲学と古代哲学をそれぞれ事例とした非公開のオンライン研究会を下記の要領で開催した。
第1回研究会(2021年10月13日)
辻麻衣子氏(清泉女子大学、西洋近世哲学史)、「テーテンスとカント」
コメンテーター:田中悠子氏(ロンドン大学、イスラーム史)、酒井健太朗氏(環太平洋大学、西洋古代哲学史)
第2回研究会(2021年12月17日)
酒井健太朗氏(環太平洋大学、西洋古代哲学史)、「アリストテレスはデモクリトスからいかなる影響を受けたか ——『自然学』第2巻第4章の偶然論に焦点を当てて」
歴史学研究者が哲学史研究にコメントや質問を行うという形式の研究会はこれまであまり例がなかったが、(1)影響関係に話題を絞ったこと、そして(2)方法論的な問題について、互いの研究領域の慣習や評価の方法の相違を確認することを目的のひとつとする、(3)より自由に発言できるようにクローズドで研究会を行う、という方針が功を奏したのか、当初の予想を超えて建設的で有益なディスカッションが実現できたと考えている。
研究成果
非公開研究会の成果を発信するために、研究会メンバーを登壇者とした公開セミナー「継承と対立——哲学史研究において影響関係はどのように語られるのか」を2022年3月13日開催した(プログラムなどの詳細は以下を参照:https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/75698/0fe88755e3afea583274ea0ccc9b847b?frame_id=708431)。本セミナーの目的は、それぞれ「トレンデレンブルクとフィッシャーによるカントの議論の継承(と、それをめぐる対立)」(辻麻衣子氏)、「偶然に関するアリストテレスとデモクリトスの対立」(酒井健太朗氏)というかたちで語られる影響関係に関する研究発表に引き続き、非公開研究会とおなじ要領でのディスカッションが行われた。哲学史に関するあたらしい共同研究のかたちを提案することも狙いの一部とした本セミナーは、50名以上の参加者を得て盛況のうちに閉会した。また、2022年3月20日には、本プロジェクトのスピンオフ企画として、影響関係に関する哲学史研究の事例を扱う公開オンラインワークショップ「カントの継承者たちとカテゴリー論」も開催した。
本プロジェクトの研究成果として次の2点が挙げられる。第一に、因果関係の一種だと考えられる「影響関係」について、より適切な扱いをするための考え方がいくつか得られた。こうした考え方の具体例としてとりわけ言及に値するのは、上記の公開セミナーでの提題において酒井氏がデモクリトスとアリストテレスの関係を論じるために導入した、「目的因にもとづく影響関係」という概念である。第二に、哲学史研究者と歴史学者の共同研究が実際に実り豊かなものでありうることが示された。こうした無形の成果は、たとえば、公開セミナーでの辻氏の提題をきっかけにした、哲学史と歴史学におけるカルチャーの違いに関する闊達な議論にも現れていた。