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2023年度 文明動態学研究所 共同研究プロジェクト 伊藤駿

採択課題名

国吉康雄の文化的アイデンティティーを背景とした社会課題への態度を
国吉康雄作品の画風の変遷から明らかにする

メンバー一覧(氏名、所属)

伊藤 駿岡山大学・国吉康雄研究講座
才士 真司岡山大学・国吉康雄研究講座
赤木 里香子岡山大学・教育学域
山村 みどりニューヨーク市立大学キングスバロー校
西郷 南海子独立行政法人日本学術振興会
奥村 一郎和歌山県立近代美術館学芸課
山路 弘ヤマト運輸株式会社 美術品ロジスティクスチーム
天野 静子(一社)日米振興協会

研究の概要

本研究ではまず、岡山出身で20世紀前半のアメリカで活躍した洋画家であり、美術教育者であった国吉康雄(1889-1953)の作品制作とその画風の変遷における、明治期の岡山で受けたわが国の、近代化を前提とした国家目標のもとで成立した美術教育や、その少年期の芸術体験の影響を、アメリカで進む国吉研究と近代美術への評価の更新との比較により明らかにする。

この課題の調査に続いて、国吉の、全米初の芸術家のための全国組織を強力なリーダーシップで率いた社会活動家としての一面についても掘り下げ、近代の日本において16歳の国吉が単身、労働移民として渡米せざるを得なかった事情と、アメリカでアジア系移民のマイノリティーとして対峙した社会課題への選択と対応をも検証することで、国吉作品が得た「社会へのメッセージ性」を読み解き、現代社会課題の歴史的背景と継続性の理解に使用することを目的とする。

研究実施状況

本年度は研究計画の通り、ニューヨークを中心としたアメリカと日本国内での専門家・研究施設への調査を実施した。また、研究成果の公開と美術鑑賞プログラム「国吉型・対話探究モデル」の実践の場として、茨城県近代美術館で国吉康雄研究講座が監修となり展覧会を開催した。

ニューヨークでの調査活動

国吉康雄研究として、ホイットニー美術館とメトロポリタン美術館が管理・保管している資料の調査と、国吉康雄研究家のトム・ウルフ先生やアジア系アーティスト作品を扱う画廊、国吉康雄作品を所蔵する美術館への取材を行った。国吉の持つ社会活動家や教育者についての調査では、国吉の親族や教え子の作品を管理する財団へインタビューを実施し、取材時には、「国吉型・対話探究モデル」を中心とした日本での活動に関して情報交換を行う機会も得た。

また、渡米時の国吉の置かれた状況について理解するため、アジア系移民として対峙したと推測される社会課題の取材をエリス島移民博物館で実施した。

日本国内での調査活動

作品研究として、和歌山県立近代美術館が購入した、1910年代に国吉が制作した版画作品の共同研究を行い、赤木里香子教授(岡山大学教育学域)と研究を進める「国吉が受けた美術に関わる教育」についても調査をした。また、国吉研究の国内第一人者である小澤善雄・律子先生が収集した「小澤資料」の寄贈を受け、共同研究者である西郷南海子博士(日本学術振興会)と共に調査を続けている。

他にも、豊田市美術館と和歌山県立近代美術館で国吉や、開催中の美術館の展示を取材。2004年に愛知県立美術館で「国吉康雄展」を開催した実績のある高橋秀治氏(豊田市美術館館長)には、国吉康雄の評価の変遷についてインタビューを行い、奥村一郎氏(和歌山県立近代美術館学芸課)へは、日系アメリカ人アーティスト研究として、国吉と同時代に活躍した画家・石垣栄太郎(1898-1958)についてインタビューを行った。

研究成果

研究成果の概要

ニューヨークの美術館が所有する作品や資料群にアクセスしたことで、日本にある作品や資料群との比較をすることが可能となった。メトロポリタン美術館では、20世紀初頭から現代までをカバーするレスリー・マー氏(同美術館アジア部門アソシエイト・キュレーター)へインタビューの機会を得たことで、資料が整理されていなかった国吉とメトロポリタン美術館の関係や、BLM運動やアジアンヘイトなどを経て、近代以降のアジア系アーティストの取り巻く環境の変化を確認することができた。この変化は、国吉康雄研究の第一人者であるトム・ウルフ先生や、アジア系アーティストの作品を扱う画廊からも確認が取れている。

また、研究の主題の一つである「国吉がアメリカで育んだアイデンティティー」に関しては、国吉の社会活動に対して、国吉の妻、サラ・マゾの親族や国吉研究の国内第一人者であり生前の国吉を知る人物へ取材を重ねていた小澤律子氏へのインタビューから知ることができた。教育方法についても、国吉の教え子であった画家ポール・ジェンキンス(1923-2012)の作品を管理する、ポール&スザンヌ・ジェンキンス財団のマーサ・ブラックウェルダー氏(マネージング・ディレクター / コレクション・キュレーター)から聞くことができたのは成果だといえる。他にも、国吉と同時代の移民に関しての渡米後の動きやデータを、エリス島移民博物館で収集できたことは、国吉が移民した当時の状況を、より詳細な分析につながることが想定される。国内の調査では、小澤氏から国吉作品に描かれている代表的なモチーフの一つである「仮面」について、社会活動と関わる新証言を得ることができた。

発表

・これまでの国吉研究の成果と今年度実施したアメリカ及び日本国内の調査結果を、10月24日(火)~12月24日(日)の会期で開催した美術展覧会「国吉康雄展 安眠を妨げる夢」で公開した。この展覧会は、国吉康雄研究講座が監修を務め、茨城県近代美術館、福武財団、ヤマト運輸、岡山大学の産官学連携事業として組成し、会期中7500名が来場した。展示では、本共同研究を含めた最新の国吉研究報告を行い、市民ギャラリーコーナーでは国吉康雄研究講座の活動を紹介した。関連講演会や映像は、以下URLを参照。

美術展覧会「国吉康雄展 安眠を妨げる夢」ホームページ
https://yasuo-kuniyoshi-pj.com/yasuokuniyoshi2023.html

・第46回美術科教育学会弘前大会で「国吉型対話探究モデルの実践-大学資源と地域の文化芸術資源を基盤とした学祭的展覧会の産官学による組成」という題で共同研究者の才士真司先生(岡山大学教育学域美術)が発表を行い、複数の大学から開発の助言や連携の模索の提言を受けた。